予告通り、今日は現在最速の四足走法を解説します。
基本的なことはいちいち解説しないので、分からないことが出てきたら「研究」カテゴリから過去の記事を探ってみてください。
はじめに~どんな走法が存在するのか
過去二回の大会の出場者を観察すると、以下のような走法が確認できます。
①指先を地面に付けるだけの二足走行
……速く走りたい初心者にありがちな走法です。手で体重をほとんど支えないので、その分、腰に大きな負荷が掛かります。腰痛に繋がる恐れがあるので絶対にやめましょう。まず、これを四足歩行とは呼びたくないです。
②四足歩行
……歩行なのでスピードは出ませんが、スタミナは節約できます。とりあえず完走したい方向け。しかし人によってはこれでもかなりキツイらしいです。
③カエル跳び(バウンディング)
……両手両足をそろえてジャンプする走法。これも初心者の走法ですが、コツをつかめばかなり速く走れます。また、四足走行の基本となるギャロップの習得に繋がるため、経験者でもこれで練習することがあります。
……四足哺乳類と同様の走法。これがスムーズにできたら初心者卒業です。カエル跳びで左右手足の着順をずらすとこれになります。自然界には交叉襲歩と回転襲歩が存在しますが、大会で確認できているのは、馬や猿に見られる交叉襲歩のみ。
⑤ヒト型襲歩
……呼称は私が勝手につけました。物心ついた頃から四足走行が得意だった人は、私の知る限りではすべてこの走法です。回転数の多さと、足が肩幅より外に出ないことが特徴です。詳しくは前回の記事へ。
四足走行は歴史も浅く、競技人口もまだまだ少ないので、みんな走り方が個性的です。
また、走り方一つ変えるだけで一気に記録が伸びることがあります。
今回のテーマである「最速の走法」は、上記の④⑤を組み合わせたようなものです。それでは、どんなものか見ていきましょう。
16秒の壁を破った――最新最速の四足走法
その走法が登場したのは2014年の「第二回四足走行世界大会」でのことでした。
当時の世界記録保持者“いとうけんいち”は、毎年約一秒のペースで記録を更新していたのですが、この年は昨年記録した16秒をなかなか切れずにいました。
大会の半年前の計測では前年のタイムにも届かず、一時的な停滞期だったのではないかと考えています。
絶対王者が破れないのですから、16秒の壁を破るのはもっと先になるかと思われたのですが――
なんと、この大会で出てしまったのです。15秒台が。
過去の記事を読んでいる方はご存じの通り、当時高校生だった玉腰活未選手が出した記録です。
そしてこの翌年。大会こそ開かれなかったものの、いとうけんいちも自身の前年の記録を一秒以上更新し、15秒台を達成しています。
毎年一秒と言っても、20秒を19秒にするのと16秒を15秒にするのは全く違いますから、これまでにないペースで記録を更新したことになります。なにか革命的なことが起きたことは明らかです。
こちらは第二回世界大会決勝の映像 。
優勝した玉腰選手が新型の走法を採用しています。
二位のいとう選手は通常のギャロップ。三位と四位はヒト型襲歩です。
Guinness World Records Day 2014 - Fastest 100m on All Fours
そしてこちらがその一年後、いとうけんいち選手が世界記録を奪還した時の映像。
玉腰選手が使っていた新型の走法を採用しています。
Fastest 100 m running on all fours - Guinness World Records
第二回世界大会のいとう選手の走法と比べて、新型の走法がどう違うか分かりますでしょうか?
一つ目は、両足が付いている瞬間がないことです。
スキップと普通の二足走行をやってみれば、その違いが体感できるでしょう。
通常のギャロップ(一つ目の動画のいとう選手が採用)は左右の足で着順がズレていますが、あくまでもカエル跳びの延長で、必ず両足が着いてからジャンプします。
対してこの新型走法の足の動きは、二足走行のように、片足がついたらもう一方の足の着地を待たずにジャンプしています。
体が宙に浮く場面が一回増えるわけですから、これで歩幅が若干大きくなると考えられます。
二つ目。
新型を採用した二人の右足に注目してみてください。両足の幅(歩幅とは違うのでご注意ください)が肩幅と同じか、それより狭くなっているのが分かるでしょう。
玉腰選手の場合、足を前に運んだ時は肩の外に出ますが、着地する時には肩より内側に収めています。妙に躍動感があるのは、この所為かもしれません。
新型採用後のいとう選手の場合は、足の出し入れこそしていませんが、左足を右足側に寄せることで足幅を狭くしています。玉腰選手に敗れた際のと比べればよく分かります。
二人とも右足だけ外に出し、左足はずっと肩より内側ですね。
バランスが悪いように思われるかもしれませんが、そもそもギャロップは左右非対称の走り方なので、これがあるべき本来の姿でしょう。
「二足のような足の動き」と「両足の幅が狭い」
前回の記事でも書いたように、実はこの二点、⑤のヒト型襲歩の特徴でもあるんです。
ということは、この新型走法はギャロップとヒト型を組み合わせたものだということです。
まとめ
最後に、ギャロップとヒト型襲歩のメリット・デメリットを整理して、なぜ新型走法が優れているのかを説明します。
【ギャロップ】
・足を体の外に出すことで、足を大きく使える(歩幅の増大)。
・足元の空間が広いため、腹筋背筋を大きく使える(歩幅の増大)。
・足幅を広げ過ぎると、蹴る力が横に逃げてしまう(歩幅の減少)。
【ヒト型襲歩】
・手足の動きが前後だけなので動きに無駄がない(回転数の増大)。
・両足の幅が狭いため、蹴る力がまっすぐ前に伝わる(歩幅の増大)。
・足の動きが二足走行(歩幅の増大)。
・両足が肩より内側だと窮屈になり、足を伸ばしきれない(歩幅の減少)。
これが新型走法になると、
【新型走法】
・足を体の外に出すことで、足を大きく使える(歩幅の増大)。
・足元の空間が広いため、腹筋背筋を大きく使える(歩幅の増大)。
・両足の幅が狭いため、蹴る力がまっすぐ前に伝わる(歩幅の増大)。
・足の動きが二足走行(歩幅の増大)。
・足の出し入れをする場合はやや無駄な動きが生じる?(回転数の減少)
最後のデメリットの代わりに、二つの走法のいいとこどりをした形になっています。
足幅を狭めに取るため、片足だけ外に出す。二足走行の動きを取り入れること。がミソです。
それにしても、歩幅の恩恵がすごいですね。
一つ目の映像では、玉腰選手は31歩で100mを完走。当時通常のギャロップだったいとう選手は34歩でした(両者とも最初の二足ダッシュは含めず)。体格差があるとはいえ、この差です。
ちなみに二つ目の映像のいとう選手は、足の出し入れをせずに足幅を狭くしているので、最後のデメリットは無くなくなっています。また、ブログでは回転重視の走り方に変えたとも書かれていました。
なので、新型の走法を採用した後でも歩幅は変わらず、代わりに回転数が増えています。
歩幅が容易に確保できるようになったから回転数を増やしたと、私は解釈しています。